『殻の中の小鳥』(DISCOVERY/Win95/1996)

飛べない小鳥は嘆く。

自分の手は何故、物をつかみ辛いのか?
自分の足は何故、歩き辛いのか?

それは小鳥が飛ぶために生まれてきたから。

己が翼の美しさもしらずに、怯えて両手を開こうとしない。

ならば、彼女に翼を開かせるために、彼女をおとしめる。
飛ばない小鳥を踊らせる為に。


アダルトゲームブランド「STUDiO B-ROOM」が名作『殻の中の小鳥』の二度目のリメイクである『殻の中の小鳥 -Not wind but flying the bird-』(以下、「再リメイク版」という)の開発状況について公式サイトで最後に更新してから丸一年が経ちました(公式サイト最終更新日:2009年4月4日)。一年前の時点で「今夏発売予定」と銘打ち、ソフト代の全額徴収を伴う先行予約募集まで行っているにも拘わらず、リリースされる気配は一向になく、スケジュールの遅れについての報告も一切ありません。それどころか、聞いた話によれば、問い合わせのメールに対する返信すらないのだとか。ファンに対し、ユーザーに対し、実際に金銭を支払った顧客に対し、あまりに誠実さを欠く態度であると言わざるを得ません。過去の日記やTwitterでもスケジュールの遅れについて触れたことはありますが、残念ながら、行く末がかなり固まってきたようです。おそらく、このブランドはもう駄目でしょう。再リメイク版が本当にリリースされるかどうかすら怪しいですし、されたとしても、同ブランドに未来があるとは到底思えません。10年前ならばこんなことはなかったでしょうに。近江さん、カムバック……。(2010年4月20日追記:再リメイク版の発売中止が公式サイトにてアナウンスされました。残念ですが、終わりの時が近づいているようです) とはいえ、『殻の中の小鳥』がゲーム史に残る名作の一つであることには変わりがありません。そこで、追憶と追悼の先取りを兼ねて、今回はその話をしてみます。



殻の中の小鳥』は、元はPC-98用でリリースされたメイドさん調教ゲームです。メイド萌えというと今でこそ王道で、オタク街には大量のメイド喫茶が蔓延り、もはや薹が立って食傷気味とさえ思える属性ですが、リリース当時はそうではありませんでした。セーラー服やバニーさんや巫女さんなんかが当時はまだ主流だったわけです。セラバニ(バニー+上半身セーラー服)とかあったな。今でもあるのかしら(注:一応はあるみたいです。若干ですが、pixivにも絵がありました)。さておき、そんな時代に颯爽と現れた本作は、一大メイドさんブームを巻き起こし、メイド属性のパイオニアとなりました。

ちなみに、『殻の中の小鳥』は、制作チーム・会社の離合集散により、リリースのたびに販売名義が異なったという経緯を持っています。オリジナルの98版はBLACK PACKAGEからリリースされましたが、Win95版(以下、「本作」という)はBLACK PACKAGEを傘下に入れたDISCOVERY(販売はGEO)からリリースされています。本作リリース後にDISCOVERYはDISCOVERY、BLACK PACKAGE、STUDiO B-ROOMに三分裂しており、続編の『雛鳥の囀』と1回目のリメイクである『雛鳥の囀with殻の中の小鳥』(以下、「リメイク版」という)とはSTUDiO B-ROOMからリリースされました。なお、この3団体のうち、DISCOVERYは2009年9月にブランドを閉鎖しました。BLACK PACKAGEは現在でもコンスタントに作品をリリースしており、BLACK PACKAGEの中核メンバーにして本作のプロデューサーであるKENJI氏は個人ブログでも活躍しておられます。


さて、本作は、今では珍しくなった「調教SLG」に属しています。かつては様々なゲームがリリースされていたジャンルなのですが、今やビジュアルノベルないしはそれに準ずるADVがエロゲの大多数を占めており、パラメータ調整型のゲームに至っては「作業ゲー」などと呼ばれてしまうご時世です。当時は『虜』とか『SEEK』とか、いろいろありましたけどね。

舞台となるのは19世紀のヨーロッパの島国。具体的な国名は書かれていないものの、明らかにイギリスがモチーフで、時代的にはヴィクトリア朝です。この時代は、イギリス文化の爛熟期であるとともに、大英帝国の権威が失墜し始める時期でもあります。ヴィクトリア朝でメイドというと、漫画『エマ』のようなロングスカートのヴィクトリアン・メイドを想像するのではないかと思いますが、本作のメイド服はそれとは全く違います。本作のメイド服は、アンナミラーズ神戸屋キッチンを彷彿とさせるような胸元を強調した上着に、ミニスカート、それに白のガーターストッキングと三つ折りソックスを合わせ、ローファーを履くものです。具体的には下図のようになります。

   

……自分及び一部の方に配慮した人選をしてみました。いや、この二枚が端的に見易かったんですけど。

このメイド服は、所謂「フレンチメイド」スタイルです。ミニスカートやスリー・イン・ワンという組み合わせは、ヴィクトリア様式ではありえません。ヴィクトリア様式の女性ファッションは、1800年代前半のペティコートの重ね着、1850〜60年代のクリノリン・スタイル、1870〜80年代のバッスル・スタイルなど、いずれも脚を見せないスタイルなのです。また、下着も、シュミーズ、ドロワーズ、ペティコート、クリノリン、バッスル、コルセット等であり、スリー・イン・ワンの登場はもっとずっと後になります。マネやロートレックの絵を見れば分かると思うのですが、娼婦がよくコルセットやドロワーズを着た姿で描かれているのですよ。よって、本作のメイド服は数多のメイド服の中でも人気のあるデザインの一つではありますが、風俗考証的には滅茶苦茶です。それでもかろうじてヴィクトリアンな雰囲気を保つことができたのは、素肌の露出部分がほとんど無かったことと(この点ではメーアやミュハの着ていた服は論外です)、色彩がダークカラーで落ち着いたものだったからではないかと思います。


本作の主人公であるフォスターはかつて腕利きと呼ばれた調教師です。そんな彼は、実業家のドレッド・バートンから、過去の秘密をネタに恫喝に近い形で依頼を受け、ドレッドの屋敷のメイドたちを調教して高級娼婦に仕立てる仕事に就くことになります。ドレッドは、商人たちに肉体接待を提供することで、流通業界を裏から牛耳ることを目論んでいるのです。そこで、フォスターは、執事として屋敷に仕え、街で少女を身請けしては調教し、接客をさせていくことになります。

劇中には、主人公であるフォスターとその雇い主であるドレッドの他に、調教対象である5人のヒロイン(クレア、レン、アイシャ、リース、チェリー)と、その上役である二人の上級メイド(メーア、ミュハ)とが登場します。5人のうちで最初から屋敷にいるのはクレアだけで、他の4人は街に出て身請けする必要があります。つまり、ゲーム序盤はクレアのみを調教し、かつ、接客をさせることになるのです。もっとも、本作の接客シーンでは必ずしも枕営業をさせる必要はありません。「お茶汲み」で済ますことも可能なので、NTR嫌いのプレイヤーはそれを選んでおけばよいです。もちろん、収入は半減しますけれども。

5人のヒロインは、クレア=綾波寡黙系、レン(“恋”と書きます。フルネームは「結城 恋」)=和ロリ、アイシャ=ビッチ、リース=被虐系眼鏡、チェリー=ロリというラインナップになっています。このうち、メイン絵師の新井和崎氏がもともとデザインしたキャラはクレア、レン、アイシャ、リースの4人だけですが、リメイク版では全キャラを新井氏がデザインし直しています。その影響でしょうか、オフィシャル同人誌やCDアルバム、アクセサリー集『小鳥の羽飾り』にはチェリーは登場しません。いや、それ以前に、そもそも本作のパッケージにすら、チェリーは登場しないのですよ。

また、再リメイク版にもチェリーは登場しないようです。再リメイク版については、チェリーが出ないこともさることながら、画風が変わりすぎていることの方が個人的には気になります。下の画像はいずれもクレアですが、

   
『小鳥の羽根飾り』(1997)    『殻の中の小鳥 -Not wind but flying the bird-』(2009)


……どう見ても別人です。本当にありがとうございました。個人的には再リメイク版はちょっと辛い。

ちなみに、左の画像は256色だったりします。OPTPiXという強力な減色性能を持ったオンラインソフトがありまして(とりわけ、256色以下にするときに圧倒的な性能を発揮します)、私自身もそのシリーズであるOPTPiX WebDesignerというソフトを使っているのですが、このソフトを知ったのは確かSTUDiO B-ROOMの何かでだったと思います。ですので、同社もOPTPiXを使っていたと思うのですが、今はちょっと確認が取れません。

各キャラの声優さんはゲーム、アニメ、CDで異なっており(レンのみ共通)、CDでは長沢美樹(クレア)、飯島京子(レン)、深見梨加(アイシャ)、平松晶子(リース)、宮村優子(『雛鳥の囀』のキャロル)という人気声優陣が担当した豪華なものとなっています。余談ですが、Wikipediaで飯島京子さんの頁を引くと、出演作のアニメ『殻の中の小鳥』がテレビアニメのところに分類されているんですけど、テレビじゃないから! OVAだから! あんなのテレビで流したら死んじゃうから!(注:18禁です)


ヒロインたちの調教シーンは、トレーディングカードのカードバトルのような方法で行われます。カードを組み合わせることによって効果が変わる戦略性が特徴……なのですが、実際には大した戦略性はありません。補佐用のカードを一緒に使うくらいがせいぜいで、単純にレベルの高いカードでごり押していけばそれで済んでしまいます。これに対し、続編である98版『雛鳥の囀』では戦略性が大幅に進化し、カード毎の、あるいはキャラ別の組み合わせによるコンボの要素が盛り込まれました。これにより、システムが複雑化して難度も上昇したのですが、リメイク版である『雛鳥の囀with殻の中の小鳥』(『殻の中の小鳥』リメイクと『雛鳥の囀』とがセットになったものです)では、『雛鳥の囀』については難度が引き下げられ、その結果として98版のファンから厳しい評価を受けることになりました。その一方で、同梱の『殻の中の小鳥』については、コンボの要素を取り入れた結果、Win95版よりも高い評価を受けることとなりました。



ところで、本作の最大の魅力はどこにあるのでしょうか。それはやはり、作品全体の持つ退廃的な雰囲気にあると思います。背徳と憂愁、耽美と退廃。「霧のロンドン」という言葉から連想されるような重苦しい空気と、ヴィクトリア朝の文豪オスカー・ワイルドの作品のような世紀末的デカダンスとが同居しています。簡潔ながらエスプリの効いた独特のセンスのテキストも、それに資するものです。

そして、その象徴とも言えるのが、メインヒロイン格のクレアです。彼女のフルネームはクレア・バートン。屋敷の主人であるドレッドと同じ姓を持つ彼女には、フォスターとの間にある隠された関係があります。再リメイク版に備えてネタバレ反転しますが、彼女の母親であるファームは、青年時代のフォスターの恋人です。劇中でフォスターはクレアの部屋である物を見てそのことに気付きますが、それを打ち明けることはしません(ドレッドとミュハははじめから知っています)。つまり、フォスターにとってのクレアは、昔の恋人が若い姿で帰ってきたという、厚かましいくらいに理想的な存在なのです。フォスターの瞳に映っているのがクレアなのか、それともファームなのか、この関係が、フォスターとクレアの距離感を微妙なものにしています。

その上、フォスターにとってのクレアは、調教の客体でもあります。プライベートで情をかけようとも、来客時には娼婦として客に差し出さなければなりません。本作での接待場面は応接室で行われており、その場には客と接待役のメイドのみならず、フォスター、ドレッド、他のメイドなども同席しています。つまり、フォスターは恋人が体を売る一部始終をすぐ傍で見ているのです。このジレンマにはなんとも言えないマゾヒズムがあります。


このように、本作は調教! 陵辱!(劇中に登場するお客には変態さんが多いのです) NTR!、と三拍子揃った作品です。萌えゲー主流の現在、再リメイク版が出たとしても、新規のユーザー層を開拓するケースは多くはないでしょう。しかしながら、本作の本質は、修羅場の裏にある純愛にこそあります。表層的な重苦しさに二の足を踏んでしまうのは勿体ないと思います。嗜虐と純愛のアンビバレンスに背徳的な魅力を感じるプレイヤーにとっては、本作は忘れられない作品となるでしょう。私にとっても記念すべき作品である『殻の中の小鳥』の再リメイク版がなんとか無事にリリースされることを願って止みません。

「お前は何を言っているんだ?(AA略」と言われそうですが、今頃になって気が付いたこと。

此処のブログタイトルと現CNを併せて考えた場合、どう見ても私ってお尻星人ですね。フロイト的な意味で。一応断っておきますと、私はそっち方面は決して得意ではありませんから! 偶然見つけた『』を興味本位で買って卒倒しかけたクチですから!……マジあれ無理ゲー。俺、一般人。