『Fate/stay night -UNLIMITED BLADE WORKS』(2010)

チケ代が高いのなんのと言いつつ、劇場版『Fate/stay night』(以下、「Fate」という)の『Fate/stay night -UNLIMITED BLADE WORKS』(以下、「本作」という)を結局は見てきました。実は私が映画館に足を運ぶのは、記憶が正しければ8年ぶりでして。映画館に行かないのには(もっと言うと映画を見ないのには)定評のあるこの私ですが、ここ数ヶ月でこれだけ何本もアニメを上映しているのを見ますと、さすがに一回くらいは足を運んでみようかとも思うわけで。それがマクロスでもヤマトでもましてやなのは(さんを付けろよデコ助野郎!)でもなくFateなのは単なる偶然とスケジュールの都合ですけど、「CASTER」を名乗る者としてはまあ、然るべき選択だったでしょうかね。ただ、最近のアニメは全国公開と言いつつ上映館が非常に限られているものが多いので、そこら辺は少々面倒ではありました。

封切りから丸一ヶ月が経ち、リアルタイムでありながらも出遅れ感のあるこの感想文ですがw、まだ現在上映中の作品の内容に触れるものでありますし、また、ゲーム本編でのネタバレも多少は含みますので、本稿は一応は改頁しておきます。




さて、それでは本作について。

先ずはじめにどんな映画かと言いますと、「Fate/stay night」で"Unlimited Blade Works"です。この説明で「ああなるほど。」と思った人には説明不要でして、そういう方は本作を見ても何ら問題はありません。反対に、「それはサブタイだろ!」とツッコんだ場合には注意が必要です。そういう人は予習無しでは見ちゃいけません。そして、本作についての説明はほとんどこれに尽きるのですがw、さすがにこれでは投げっぱなし過ぎるので、後者の方のために少し説明します。


本作は、人気PCゲーム『Fate/stay night』のメディアミックスの一環として制作された映画です。Fateはエロゲでありながらほとんどエロシーンが無く、かつ、クリアまでに数十時間以上かかるという大ボリュームで、エロゲ界ではかなり異色の作品です。もっとも、それだからこそメディアミックスで大成功を収めているとも言えるわけですが。

このFateにはセイバー・遠坂凛間桐桜の三人のヒロインがいて、それぞれにルートがあります(セイバールート、凛ルートなどと呼ばれる)。この、共通ルート→分岐して個別ヒロインルート、という構造はエロゲやギャルゲにはお馴染みのものなのですが、Fateにおけるルート分岐は一般的なそれとは少し趣が違います。と言うのも、一般的な分岐構造においては、ルート毎の違いは主人公とヒロインとの関係だけだからです。例えば、A・B・Cの3人のヒロインがいて、Aを選んだ場合とBを選んだ場合とでは、Cの置かれた状況はいずれでも同じです。つまり、選んだヒロインにスポットライトが当たっている(そして、その都合で主人公との関係が変化する)だけで、各ヒロインはあくまで同一の世界に同時に存在するのです。これに対し、Fateのルート分岐は少し違います。各ルート間でそもそも話の展開が全く異なるのです。セイバールート、桜ルートで重要なポジションを占めていたキャラが、桜ルートでは序盤で早々に退場したりします。いわば、一般的なルート分岐は一つの物語の中で何処にスポットライトを当てるかという方式であるのに対し、Fateのルート分岐は互いに排他的な物語が3本用意されたパラレルワールド的なものになっているのです。

その上、Fateにおける分岐はプレイヤーの任意選択ではありません。一般的なルート分岐ではプレイヤーに選択権があり、どのヒロインを選ぶかをプレイヤーが自主的に決定することが出来ます。これに対し、Fateでは分岐ルートはプレイ回数によって定められています。すなわち、最初にプレイするときには必ずセイバールートです。セイバールートをクリアすると次回のプレイでは凛ルートに突入することが出来、凛ルートをクリアすると最後に桜ルートを選ぶことが出来るようになるのです。

他方で、物語の背景やキャラのバックボーンといった設定は各ルートに共通です。ただし、ルートの展開毎にどの部分があるいは何処まで設定を見せるかが違うので、セイバールートでは重要キャラにも拘わらず正体がほとんど謎だったのに凛ルートでは明確に正体が明かされる、といったような違いはあります(この例はアーチャーのことですが)。

このように、ルート分岐が一意選択式で並列のものではなく、順序固定式で重層的なものになっており、その上で各ルートの展開に従って情報が小出しにされていくため、後のルートをプレイするときほど、必然的に作品全体に対する既知の情報量が多くなっていることになります。したがって、プレイヤーが普通にプレイして凛ルートに突入した場合には、既にセイバールートからかなりの情報を得た上でパラレルワールドを楽しむことになるので、違和感はありません。逆に、もしも全くの素人に凛ルートだけをいきなり見せた場合、凛ルートは物語として独立したものであるにも拘わらず、その人は著しい情報量の欠如が原因で凛ルートの展開を把握することが困難となりやすいと言えます。

そして、このことは、Fateのことを全く知らない人はもちろんのこと、TV版または漫画版のFate(いずれもセイバールートがベース)しか知らない人(つまり、ゲーム版未プレイの人)も意識に留めておく必要があります。本作のストーリーはセイバールートとは全く異なるものですが、それは劇場版オリジナルのものではなく、本来はセイバールートに引き続いて目にすべきものなのです。



さて、Fateの各ルートにはそれぞれサブタイトルが付けられています。最初のセイバールートには「Fate」。最後の桜ルートには「Heaven's Feel」。そして、真ん中の凛ルートに付けられたサブタイトルこそが「Unlimited Blade Works」です。もうお解りかと思いますが、これは本作のサブタイトルと同じ。すなわち、本作はFate原作から凛ルートを抜き出して再構成したものとなっているのです。

既に書いたように、Fateのルート分岐は順序固定の重層的なものになっており、2番目以降のルートを単体で抜き出しても、初見の人には全く理解しづらい構造となっています。その上、これもまた既述のように、Fateは大ボリュームを誇るテキストノベルでして、オールクリアのためには凛ルートだけでも約30時間かかります。それを僅か110分に集約しようというのです。これはもう最初から無理・無茶・無謀の三拍子が揃った不能犯です。

この無謀な命題に対し、製作陣は大胆な手段を採りました。すなわち、予備知識無しの人への気遣いを放棄したのです。ええ、それはもうさっぱりと。いや、さっぱりとは言い過ぎかな。パンフには舞台設定、用語解説、キャラクター紹介等が一通り書いてありますので、上映開始30分前からこれを読んで頭に叩き込んでおけばなんとかなる……かもしれません。時間ぎりぎりに飛び込んでパンフを後から買った人(私だ)や、パンフは終わってからゆっくり読むタイプの人の場合には確実に溺死します。もっとも、原作付きの他作品、例えば、以前のエントリで触れた劇場版マクロス『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』にしても、マクロスが初見の人に対して必ずしも懇切丁寧というわけではありません。とは言え、それと比較しても本作の説明不足の程度は甚だしいです。

その上、序盤のストーリー展開のスピードが激速です。それも、駆け足とか端折ってるとかいう次元ではなく、光の速さで明日へダッシュさ!というレベル。例えば、本作で一番割りを食っていると思われるのは人気キャラのライダーさんなのですが、彼女は2,3分登場した後、次のシーンではもう死体となって再登場します。パンフには真名や正体、宝具についていろいろと書いてありますけど、そんなものには触れられもしません。もちろん素顔も出ません。Fateのヒロインの一人であるセイバーにしても、劇中ではパーソナリティについての描写はほとんど無く、真名も出ません。ラスト付近での「エクスカリバー!」から推察するしかないのです。そのセイバーさんをキャスターが捕まえて、ドレスを着せてから拘束して、背中をツツーッとやって虐めているシーンがありますがw、何故いきなりドレスに着替えさせられているのかとか一切理由説明も無く、素人さんには理解に苦しむところ。ちなみに、キャス子さんは「コルキスの魔女メディア」という紹介があったり、最期には素顔も出たりと、凛ルートの中ボスとしてわりとマシな扱いです(「マシ」なのであって、扱いが良いわけではない)。ライダーさんのあれはファンが泣いているだろうw 実際問題、何も知らない人がパンフを熟読してから本作を見たとしてもなお、なんで衛宮は何回致命傷を喰らっても死なないのー?とか、なんで衛宮はサーヴァントとガチで斬り合えるほど強いのー?とか、魔術回路の移植シーンでなんで遠坂は無駄に下着姿なの−?とか、最初に登場した女の子(桜)って通い妻じゃないのー?あの子を捨てて遠坂に走るのー?とか、突っこみたくなるであろうポイントは満載です。だって一切説明無しですもの。つーか、桜は出さんでもいいだろ、これ。ゆるせない、ゆるせない。

こんな調子なので、シナリオ的にはカスカスというか、つぎはぎだらけもよいところ。その上、キャラの背景や心情描写に割く時間も欠けているので、つぎはぎしたシナリオに重みが全く無いのです。結果的にその部分は見る側が脳内で補完するしかありません。私はナチュラルに補完しながら見ましたけど、それでも荒すぎると思いました。況んや、予備知識の無い人をや。もっとも、中途半端に描写しても焼け石に水な気もしますので、それならばいっそやらない方がいいというのも戦略としてはありでしょう。あくまで"Fateの映画化"としてはね。"『Fate/stay night』という映画を制作する"場合のスタンスとして正しいとは思いませんけど。


それでは、本作には見るべきところはないのかというと、あります。戦闘シーンです。そして、戦闘シーンがものすごーく多いです。むしろ、戦闘シーンがメイン。戦闘シーンの合間合間を原作シナリオの上澄みでつないでいる感じかな。ぶっちゃけた話、Fate原作のPVを作ったとしたらこういう構成になるのではないかと思います。そして、画面のクオリティが非常に高いために、戦闘シーンの迫力は満点です。ここはとても評価出来るところ。ただし、難点もあります。個々の戦闘シーンの尺が短めなのです。そのため、「さあ盛り上がって参りました!」と思うとすぐに終わってしまう感じで。もう少しゆったりめでも良かったのではないでしょうか。それと、終盤の士郎vs.アーチャーのシーンでかかる音楽の「EMIYA」ですが、もうちょいとボリュームを上げてほしかった。せっかくの曲が台詞にかぶって隠れてしまっていたので。

さらにもう一つ。これは全くの個人的な意見ですが、凛の尻が最高。形が良過ぎで見応え満点です。AS姐さんには申し訳ないですが、みんなの共有財産は凛の太ももではなく、お尻とヒップだと思うんだ。大事なことなので二度言いました。



ネット上での本作の評価を見ると、「映画でやる意味があったのか?」といった意見も散見されます。これにも一理あると思うのですが、私の意見は異なります。本作は「劇場で見なければ意味が無い」です。シアターの画面と音で楽しんでナンボのものであって、DVDなんかでお家のテレビで見た日には、画面はショボいは内容は無いわで、レンタル代の500円すら惜しく感じること請け合いではないかと。そういうわけで、本作を見る気があるならば、間違いなく劇場で見ることをお勧めします。ただし、これだけは言っておきます。


大スクリーンで増幅された士郎さんの厨二病っぷりはパネェっす。


ええ、それはもう痛々しいくらいにw


ちなみに、本作には「PG-12」が付いていますが、これは血とグロのせいです。飛び散る鮮血、血塗れのライダーの死体(何故か消滅しないで死体の描写となっていました)、我様とfakerによる様々なキャラの串刺しシーン、心臓を抉り取られるイリヤ、ぬっへっほー状態のワカメ等の描写が子供向けではないということなのでしょう。大人が見る分には、よほどグロ耐性の低い人でない限りは全く問題無いと思われます。私もたっちーやTinkerBellのゲームは苦手ですけど、本作のグロシーン程度ならば嫌悪感を覚えることすらありませんでしたので、一般には心配要らないかと。本当は子供だって別に平気だと思いますけどね。なお、イリヤのそのシーンはAS姐さんの仕事らしいですw
(2010/10/03追記)検索で来る人がいるので一応書いておきますと、この映画にエロシーンは無いですよ。そのせいで、先にも書いた魔術回路の移植シーンは却って不自然です。なんで二人ともベッドの上で半裸なんだよとw



結論としては、見る人の予備知識の有無に拘わらず、五つ星の評価を付けるのは眉唾というか、それないわーと思います。脚本面では、予備知識ゼロの人が見る分には論外ですし、予備知識がある場合でも脳内補完によるシナリオ補正を評価の要素に入れるというのはちょっと違うんじゃないかと。パンフの中で監督が「……ただのダイジェストじゃなく〜」って言っているのですが、私に言わせれば本作はそもそもダイジェストですらないです。原作のPVアニメですよ。野球で言うと、スポーツニュースのまとめではなくて、珍プレイ好プレイに近いw もっとも、楽しめないのかというとそんなことはなくて、とりあえず映像の綺麗なアクション映画としてならば楽しむことが出来るでしょう。ブルース・リーの映画を見て「シナリオ構成が甘いよ!」とか言っても意味が無いですよね。まあそんな感じ。でも、それだけでは4個以上の星はやれない。いいとこ3個半かなー。


最後に。本作に限った話ではありませんが、このような商売をしていてアニメに未来があるのかといえばちょっと疑問。極めてニッチな層だけを対象として作品を作る、対象が限定されるので上映館もごく限られる、結果的に一般層の視界にはその作品の存在自体が認識しづらくなってますます閉鎖的になる。ドラえもんとジャンプアニメとジブリしか一般人の目には入らない。これは明らかに悪循環ではないかと。アニメ自体のステータスが昔よりも格段に上がっているはずなのにも拘わらず、自分から時代に逆行するかのようにアンダーグラウンドな方向に向かっているというのでは、目先の小金のことしか考えていないと言われても仕方がないのではないでしょうか。50年前の人が今のアニメ産業のブイブイ言っている様子を見ればとても驚くと思いますけど、果たして今から50年後にアニメ(とりあえず劇場アニメ)は生き残っていますかね。8年ぶりに映画を見た後で、そんなことを思った。まあ、50年後のアニメ界のことまでは知ったこっちゃないけどな。



P.S. 書き忘れてたけど、植田佳奈の遠坂は私の中ではイメージが違う。個人的には凛だけはミスキャスト。