龍馬伝』にかーなーりー飽きてきた感があります。去年一昨年の大河よりははるかにマシで見られるものではあるけれども、主人公の魅力の無さに限っていえばそれらに匹敵するレベル。

現時点での龍馬って、劇中で龍馬自身が言っているように、本っ当に何にもしてないんですよね。と言っても、そのこと自体が悪いわけではありません。問題は、そんな主人公の描き方です。

例えば、『太平記』という大河ドラマがあります。NHK大河の傑作のとして五指に数えられる作品であり、私自身は最高傑作であると思っているのですが、このドラマの主人公である足利尊氏も、実ははじめのうちは何もしていません。はじめのうちはというか、決起して主人公らしいポジションに躍り出てくるのが49話中の20話なので、前半戦の終わり近くになってやっと動き出す感じです。その間、尊氏は源氏の名門である足利家の嫡男・頭領という立場にいながら(いや、だからこそ)幕府の中で北条氏に頭を押さえつけられ、碌に身動きの取れない状態にいます。周囲の流れに翻弄されながら、日野俊基や後醍醐帝や楠木党が決起したり逃げ出したり処刑されたりするのをただただ眺めていることしかできません。そして、ドラマではそんな尊氏の焦燥や鬱屈がきちんと描かれているのです。最後に立ち上がるためのエネルギーがマグマのように溜まっていくのがきちんと見て取れるのですよ。

ところが、『龍馬伝』からはそういうところが感じられないのです。この龍馬って、いつも綺麗事を言っているか、目を剥いておーおー叫んでいるかのどちらか。悩んでる悩んでるって言っても所詮は口先だけ、みたいな。そして、ナレーションや台詞でやたらと説明したがる。

そのくせ、女の影だけはやたらとちらついていてですね。まあ、史実で傍にいた女性達なので登場するのは当然だとしても、その関わり方が何というか、島耕作かお前はって言いたくなるような調子でですね。ダメな男が女の間を転がっているうちにいつの間にか全部上手くいく、みたいなオヤジ妄想が透けて見えるようで、なんだかイヤなんですよねえ。

脚本のせいなのか主演のせいなのかは知らんけど(おおむね脚本のせいだと思いますが)、周りの役者は結構頑張ってるし、龍馬だけなんとかならんものですかね。


ところで、龍馬と新撰組の確執フラグがやたらと立ってるんだけど、このドラマは新撰組暗殺説を採るつもりなのかなあ。個人的にはそれには反対なんだけどな。